東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)134号 判決
一 請求の原因1ないし3(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の二、三(本願考案に係る明細書及び図面)によれば、本願考案は、容器内の乳液等の内容液を射出ポンプによつて容器外へ射出して使用する射出容器に関するものであるが、従来、この種の射出容器にあつては、内容液の射出に伴う容器内の負圧の発生防止のために、射出動作毎に射出された内容液と同体積の空気を外部から補給するための空気導入孔を必要とし、そのため、転倒時に右空気導入孔から内容液が漏出したり、空気中の雑菌が空気導入孔を通じて容器内に侵入して内容液を変質、悪化させたり、また、内容液が芳香剤を含む場合にはこれが容器外に揮発してしまうなどの問題点が存したため、本願考案においては、その解決を目的として、前記当事者間に争いのない本願考案の要旨記載のとおりの構成を採用し、右容器内の負圧の発生を空気の補給ではなく底蓋の上昇移動で解消することにより空気導入孔を不用とし、もつて相応の効果を奏したものであることが認められる。
三 取消事由に対する判断
審決は、先願考案と本願考案の要旨を直接対比するのではなく、主として、前掲甲第二号証の二、三によつて認められる本願考案の実施例の一つである射出ポンプにつき二個の逆止弁を備えバネを用いたものを含む射出容器(別紙図面(一)第1図)とその認定に係る引用例記載の考案を先願考案として対比し、その同一性を判断しているので、以下においても審決に即して検討を進める。
1 取消事由(1)について
(一) 引用例(これが本願考案の出願日前の出願に係り、その後に出願公開されたことは当事者間に争いがない)に「筒状体(1)(本願考案の容器本体(1)に相当するもの)の上端に柔軟性のある材質で一体に形成されたヘツド部(D)と中間部(C)とからなり、空気導入孔を有さないもの(本願考案の射出ポンプ(4)に対応するもの)を密に取付け、筒状体(1)の胴部を底面を開放した直線筒状体とし、該胴部内に、周面全周を該胴部内周面に密接触し、かつ周面の下端部を該胴部内周面に近づくに従つて肉薄とすると共に下降傾斜する形状とした弾性軟質材料製の底板(3)(本願考案の底蓋(3)に相当するもの)を昇動自在に設けると共に、ヘツド部(D)と中間部(C)の中間室(8)との間に逆止弁を備えて成る流動体収容容器」が記載されていることは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証(引用例を含む実用新案登録願書類)によれば、引用例に記載されていることについて当事者間に争いのない右考案は、後記の引用例の登録請求の範囲1項記載の考案であるが、本願考案と同じく内容液を容器内から容器外に射出して使用する射出容器に関し、その構造等も、射出ポンプとしての機能をする部分(以下「射出ポンプ機構」という。)が、本願考案においては「射出ポンプ」とされているのに対し、「柔軟性のある材質で一体に形成された(逆止弁を含む)ヘツド部(D)と中間部(C)」である点を除けば、右射出ポンプ機構が空気導入孔を有さないものである点を含め本願考案と同様の構成を有し、したがつて、前記の本願考案の目的との関連における作用効果については、先願考案においてもほぼ同様の作用効果を奏するものであること、引用例の明細書の登録請求の範囲には、1項に「胴部とヘツド部とにより成り、前記胴部は流動体収容部を備えた筒状部と前記流動体収容部と前記ヘツド部とを接続する中間室を形成している中間部とより成り、該中間部の壁体の少なくともその一部は弾性材質にて作られた反復変形部を形成し、該反復変形部は外力をかければ弾性変形を生じて前記中間室の内容積を減じ外力を除けば壁体自体の弾性復元力により復帰して前記中間室の内容積を復帰せしめるよう構成し、前記流動体収容部は密閉状態でその内容積を変化可能ならしめる可変容積機構を有し、前記ヘツド部と前記中間室との間に逆止弁を備え、前記ヘツド部に流動体出口ノズルを備えていることを特徴とする容器。」との記載がなされ、また、2項には「前記流動体収容部と前記中間室との間に逆止弁を備えた実用新案登録請求の範囲第1項記載の容器。」、3項には「前記可変容積機構が前記筒状体とその内面を摺動可能に保持された底板とよりなる実用新案登録請求の範囲第1項又は第2項記載の容器。」との記載がなされていることが認められるところ、右各記載、殊に登録請求の範囲3項の記載に徴すれば、右登録請求の範囲3項において同2項の記載を引用して特定されるところの容器は、引用例に記載されていることにつき当事者間に争いのない前記流動体収容容器に、更に流動体収容室と中間室の間の逆止弁を加えたものであることが認められる。これによれば、引用例には審決の理由の要点2摘示に係る考案(先願考案)の記載があるものということができる。
(二) ところで、原告は、引用例には、<1>流動体収容部を備えた筒状部とその内面を摺動可能に保持された底体よりなる可変容積機構を有し、逆止弁は一つしか備えないものと、<2>柔軟材料により外被が形成されたチユーブからなる可変容積機構を有し、二つの逆止弁を備えるものの二種類の流動体収容容器しか記載されておらず、審決が先願考案として認定するような、右<1>記載の可変容積機構を備えながら二つの逆止弁を備える如き構造の流動体収容容器は、引用例中にその示唆すらないばかりか、むしろ引用例の記載に反するものである旨主張するが、右原告の主張は、引用例に開示された考案の内容を右引用例に現に記載された具体的な実施例のものに限定しようとするものであつて不当といわざるを得ず、かえつて、前記(一)に説示したように、前掲甲第四号証に基づき、その登録請求の範囲の記載と考案の詳細な説明及び図面の記載を全体としてみれば、引用例には、先願考案である審決認定の構造に係る流動体収容容器、すなわち、右<1>のものに更に流動体収容部と中間室の間の逆止弁を加えた構造のものが、当業者がその技術内容を十分に理解し得る程度に開示されているものであることは明らかというべきであり、考案の詳細な説明中に右構造のものを排斥するような記載も見当たらない。なお、原告は、実施例の底板の弾性板を根拠に、引用例においては右のようなものが排斥されるかの如き主張をしているが、流動体収容部に逆止弁と底板を併設しても、射出容器としての機能に格段の不都合なものであるということはできず、かえつて、前掲甲第四号証によれば、引用例には逆止弁二個を備えた可変容積機構がチユーブである射出容器に関し、逆止弁を設けた効果について「動作が確実であること」が記載されていることが認められるから、二個の逆止弁と底板を備えた審決摘示に係る先願考案の射出容器においても、流動体押出し作用をより確実なものとするとともに、底部における流動体の保管をより完全にする効果がみられるものということができる。また、右主張も一実施例に基づき引用例に開示された考案を限定しようとするものであつて、この点からも右主張は失当である。
更に、この点に関し、原告は、考案の構成は本来考案の詳細な説明中に記載されているべきものであり、かつ、登録請求の範囲は考案の詳細な説明中に開示された考案に基づいて記載されるべきものである旨縷々主張している。右主張は要するに、引用例において、底板と二個の逆止弁を有する構成は登録請求の範囲に記載されているのみで考案の詳細な説明にはこれに関する記述がないとの前提のもとに、登録請求の範囲の記載は考案の詳細な説明に開示された考案に基づいて記載されるべきもので、考案の詳細な説明に開示されていない考案を、実用新案法三条の二の規定する「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載された考案」(先願考案)として登録請求の範囲の記載から抽出することは許されないということにあるものと解される。たしかに、前掲甲第四号証によるも引用例の考案の詳細な説明中には底板と二個の逆止弁を有する構成に関する直接的明示的記載はないが、明細書及び図面を全体としてみれば、引用例にその技術内容を理解するに足りる開示はあるものと認められることは前記のとおりであるから、右主張はその前提において失当である。
(三) 以上によれば、引用例に審決認定のとおりの先願考案が記載されていることは明らかであるから、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
2 取消事由(2)について
(一) 原告は、本願考案の射出ポンプを、実施例に基づき、「シリンダの内壁に密接して昇降摺動するピストン体を組み付け、シリンダ内に、バネと、シリンダ室の入口及びピストン体を通つてシリンダ室内とノズルとを連通する通路の途中に逆止弁を設けたもの」であるとしたうえ、本願考案においては、右構成により押し出される流動体が射出ポンプのシリンダ空間に位置するため、一回の押出し操作で押し出される流動体の量を正確に設定できるのに対し、先願考案においては押出し量を正確にコントロールできない旨主張する。しかし、果たして右両考案において押出し量の設定にそのような差が生ずるかどうかについてはこれを認めるに足りる的確な証拠はなく、右のような効果の差を論ずる技術的意義は乏しいものというほかないが、その点はしばらく措き、審決が先願考案と対比した本願考案の実施例の射出ポンプが原告主張のようなものであり主張のような効果を奏するものであるとしても、それは「従来用いられてきた」周知慣用の射出ポンプ(周知であること自体は当事者間に争いがない。)自体の奏する効果にすぎず本願考案に特有の効果といえないことは明白であるのみならず、前掲甲第二号証の二、三、第四号証に徴すれば、対比に係る両考案の射出ポンプ機構は、基本的には、「ピストン」又は「少なくとも一部が弾性材質にて作られた中間部(C)の反復変形部」(前記1(一)記載の引用例の登録請求の範囲1項)の昇降又は変形による二つの逆止弁の間の空間の内容積の増減と右二つの逆止弁の開閉動作により射出ポンプとしての機能をするものである点で共通し、右昇降又は変形に係る復元力をバネに求めるか弾性材質からなるものに求めるかの点で相違するものであることが窺われ、そうである以上、仮に両者間で押出し量のコントロールに若干の難易差があるとしても、両者の間に格別の効果上の差異があるとは到底考えられないところであるし、現に、右格別の効果を認めるに足りる証拠もないのであるから、両者の構成は技術的には実質上同一であると認めざるを得ない。したがつて、原告の前記主張が理由のないことは明らかであつて、これを採用することはできない(なお、乙第一号証の一、二及び第二号証記載の考案について原告が主張するところは、その可変容積機構が風船等の膨脹・収縮する可動部材からなることを前提とするものであるから、可変容積機構の具体的構成をこれと異にし、本願考案と同一にするものである先願考案に該当するものではない。)。
(二) また、原告は、先願考案の目的、効果に照らせば、先願考案においてはバネを使用した従来の射出ポンプの採用又はそれとの置換を根本から否定しているから、これを右射出ポンプに置換するときは先願考案の基本的な技術的思想から離脱してしまうことになり不当である旨主張しているが、先願考案はバネを使用しないことで錆びの発生をなくすなどの目的及び作用効果を有するものである(この点は被告も明らかに争わないところである。)とはいえ、先願考案の射出ポンプ機構が本願考案の射出ポンプと同様の機能を有することは前示のとおりであり、先願考案の可変容積機構も、その動作はヘツド部と中間部からなるものに限らず、バネを用いたポンプ機構にあつても可能であること、可変容積機構としての底蓋の昇動動作が空気導入孔を有さない射出ポンプの形状ないし構造に関係があるものとは認められないことが当事者間に争いがない以上、先願考案が右のような目的又は作用効果を有するからといつて、その射出ポンプ機構を本願考案のものに置換できないものと解すべきいわれはないから、原告の右主張も採用の限りでないといわざるを得ない。
(三) したがつて、原告主張の取消事由(2)も理由がない。
4 以上のとおり原告の取消事由は理由がなく、射出ポンプをバネと二個の逆止弁とした別紙図面(一)第1図の本願考案の実施例と引用例に記載された先願考案とは実質上同一のものと認めて差支えない。また、本願考案の考案者が引用例記載の先願考案の考案者と同一でなく、本願考案の出願時においてその出願人が右先願考案の出願人と同一でないことは当事者間に争いがないから、本願考案は実用新案法三条の二の規定により特許を受けることができない。
ちなみに、当事者間に争いのない本願考案の要旨と引用例に記載された「筒状体(1)の上端に柔軟性のある材質で一体に形成されたヘツド部(D)と中間部(C)とからなり、空気導入孔を有さないものを密に取付け、筒状体(1)の胴部を底面を開放した直線状筒体とし、該胴部内に、周面全周を該胴部内周面に密接触し、かつ周面の下端部を該胴部内周面に近づくに従つて肉薄とすると共に下降傾斜する形状とした弾性軟質材料製の底板(3)を昇動自在に設けると共に、ヘツド部(D)と中間部(C)の中間室(8)との間に逆止弁を備えて成る流動体収容容器」なる考案(審決摘示に係る引用例記載の先願考案から流動体収容部(7)と中間室(8)との間の逆止弁を除いた構成で、前記のように引用例に右の記載があることは当事者間に争いがない。)を対比すると、本願考案の容器本体の口部に密に取付けられた「空気導入孔を有さない射出ポンプ」と右の引用例記載のポンプ機構として、筒状体の上端に密に取付けられた「柔軟性のある材質で一体に形成されたヘツド部(D)と中間部(C)とからなり空気導入孔を有さないもの」が対応関係にあることは当事者間に争いがなく、引用例記載の右機構がヘツド部(D)と中間部(C)の中間室(8)との間に設けられた逆止弁によりポンプ機能を果たすものと認められるところ、前記争いのない本願考案の要旨によれば、本願考案の「射出ポンプ」の構成については、空気導入孔を有しないこと及び取付部位、取付方法を除きなんら限定が付されていないから、本願考案の「射出ポンプ」は、引用例に記載された逆止弁を備えたポンプ機構をも含むものといわざるを得ない。そして両考案につき右に述べたところによれば、ポンプに関する構成以外の両者の構成についても差異なく、かつ前記のとおり引用例においても本願考案と同じ作用効果を奏することが認められるのであるから、本願考案と引用例に記載された考案とは実質的に同一であると認めることができる。このように観点を変えて本件を検討しても、当然のことながら、その結論に変わるところはないのである。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
容器本体(1)の口部に空気導入孔を有さない射出ポンプ(4)を密に組付け、前記容器本体(1)の胴部(2)を底面を開放した直線筒状形とし、該胴部(2)内に、周面全周を前記胴部(2)内周面に密接触し、かつ周面の少なくとも下端部を前記胴部(2)内周面に近づくに従つて肉薄とすると共に下降傾斜する形状とした弾性軟質材料製の底蓋(3)を昇動自在に組付けて成る射出容器。